介護ってなんだろうを考える。

介護って何だろうって思う、介護って言葉に意味って無いように感じる。
介護っていう言葉にとらわれすぎている。
おじいちゃんとおばあちゃん、自分のおじいちゃんとおばあちゃん。
他人と自分。
自分って、この先、他人だけど自分の家族であるおじいちゃんとおばあちゃんみたいになるのかな。
そう思うと、まったく知らない他人、そして、自分よりちょっと年上の他人。
みんな、最後はおじいちゃんとおばあちゃんになるんだ。

かなり先の未来の自分。
まったく想像もつかないけど、人間の細胞は、少しずつ年をとっていく。
なんかステキだと思う。
今ある自分が、1秒先にはまったく違う自分になっているイメージ。
過去には戻れないけれど、1秒先には行ける。
当たり前のことだけど、時がもう戻らないことを人はきちんと理解できない。
自分の過去は、自分の気持ち次第でいくらでも改変できてしまう。
そうなんだ。
自分の未来はいつもすぐそこにあって、自分の過去はすぐそこにあるようでずっと遠くにしまいこんでしまっている。

普段の自分。
嘘をついている。
周りの空気に合わせるように、自分を変えて、その場を取り繕っている。
自分のために生きることが出来る人を羨ましく思う。
自分のために生きる。
それって、他人のために生きているのとどう違う。
自分と他人の境界線って、どちらも違う体を持っているということ以外、とてもあいまいなものだ。

介護って、境界線がカギを握っている感じがする。
自分がどこまで他人のことを自分のことのように思えるか。
自分と他人の境界線があいまいであればあるほど、お互いのことを理解しあえるようになる。
ただ、その分影響も受けやすくなる。
影響って、ものすごく危険なにおいがする。
介護で一番気を付けることは、他人からの影響なんだ。
じゃあどうすれば影響を受けないのか。
影響を受けることを、怖がらなければいいと思う。
怖いという気持ちは、自分の心が開かれている状態だと考える。
怖いと思う時、その時は注意しなければいけない。
怖い時は、介護に依存しないようにする。
そうすれば、心の前にもう一つ壁が出来るはず。
介護に依存するとは、おじいちゃんとおばあちゃんの気持ちが心にそのまま入ってくる状態のことだと思う。
おじいちゃんとおばあちゃんの気持ちが、自分の心に入ってきて怖いと思ったら、その時は、少し介護から離れてみよう。
介護の怖さ、介護の楽しさ、介護に依存していると、自分が今どの状態にいるのか分からなくなる。
介護は、おじいちゃんとおばあちゃんが主役でもあるけれど、自分も介護に関わる状態にいるとき、介護に関わるひとりとして、主役になり得る。
介護のいいところは、誰でも主な役になれるところだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です